2016年08月23日

思う、まちづくり


こんなのがあったらいいな。
隣の市にはあるのに。
これ、なんとかならないか。市は何をしているんだ。

いろいろな声がある。
これは、いいことだ。

さて、欠けているのはその次だと思う。

わかりやすく家庭で考えてみる。
子どもたちが大きくなって、家を増築したいとする。
「おとうさん、一人部屋がほしい」と言ったら、よし、そうしようとなるだろうか。
まず、おかあさんと話をする。今後、こどもたちが一人立ちするまでに、どのくらいお金が必要か。
今、貯金がどのくらいあるか。
借金をしても、返せる範囲か。
そして、こどもたちに、説明をする。
「今、すぐには無理だ。その理由は、高校に行くのに、このくらい、毎月お金が入用になるからだ。
だから、〇年後には増築できるように、節約したり、貯金をしよう。
ちょっと旅行にいったり、外食をするのを控えよう。いいかい」

あちこちからの市民の声がある。
では、検討することにしよう。
そして、検討して課題がみつかり、とても無理だったり、ちょっとここを工夫したらできるとかある。
その検討過程を市民に返したり、共有することが欠けている。
そして、木更津市のおさいふがどんな状態か市民と共有しているだろうか、
知らせるのではない、共有である。
中学生や高校生など、未来の担い手から声を聞き、共有する機会があるだろうか。

そこをうまくできれば、
こんなのがあったらいいな。

という声には、今、このような状況で今後はこういう方向です。
その中で意見を形にしていきたいとか、フィールドバックできると思う。

隣の市にはあるのに。
これからの未来像は、どのまちにも同様の施設を作るのではなく、
広域で1つの施設を互いに利用できるようにしていきたい。とか。

これ、なんとかならないか。市は何をしているんだ。
市民ができることを行政がするのではなく、行政ができないことを市民がする。
市民ができないことを行政がする時代だ。一緒にまちづくりを智恵を出し合い、やってみよう。
と言える。

隣の芝生は青くみえる。
実は、自分の家の芝生も、隣人からみたら、青いと思う部分があるのでは。
最近、「市民ができることを行政がするのではなく、行政ができないことを市民がする。
市民ができないことを行政がする」をゆるやかに共鳴できる人がふえてきてるかなと思うときがある。
posted by のんのん at 21:40| まちづくり